カーテン

「あなたの部屋は寒いから、窓にはこのカーテンを吊ると少しはあったかくなるよ」
 彼女の引越しが決まった日、荷物をまとめていた彼女はそう言ってカーテンを1組用意してくれた。結婚前、実家の部屋で過ごしていた頃の事を覚えていてくれたのだろう。私の部屋には窓が2面あり、そのうち一枚はアクリル板が入っていたため冬になるとすきま風が吹き込み寒かった。そしてこのアパートに移ってくる前、新婚二ヶ月を過ごした一軒家は部屋が4つほどあって、彼女は嫁入りにその家にあわせてカーテンを持てきていたので窓の少ないこの部屋に移った事で余剰になったカーテンがあったのだった。彼女はその中から私の為に未開封の遮光とレースのカーテン1組ずつを選び出して準備してくれた。『残りのカーテンは私もむこうで使わないから、申し訳ないけど処分してね』彼女はややはにかんでそう言った。なにが嬉しいんだろう?私はその表情が不思議に思えてならなかった。
 その翌日、私は自分の実家の部屋に荷物を持ち込んだ。『あんまり荷物を持ち込むな。狭いんだから』と母親に言われた。その部屋のカーテンは薄く寒々としていたのだけど、タンスがその窓を塞いでいた。これならそんなに寒くないかな?私はあまり深く考えずに思った。
「ごめん、カーテンやっぱいいわ」
 部屋に戻り私がそういうと彼女は理由を尋ねてきた。私は窓の前に家具が置かれておりカーテンを変えるにはそれを動かさなければならない事、カーテンレールが一本しかなくどちらかしか吊れない事を説明した。すると彼女は一瞬悲しそうな顔をして、押入れの中から大きな毛布を出してきた。そしてこれをあげる、と言った。
 翌日、彼女は家財道具と共に別れの言葉を交わすまもなく実家へと帰っていった。残った私はべそをかきながら不要になった食器を燃えないゴミ袋に放り込んだ。
 それまでも、二人分のいろいろなものを処分して来た。彼女が買ってくれた本棚を分解し切り刻み、木片として焼却炉まで運んだ。彼女が幼い頃叔父からもらい大事にしていたアンプとスピーカーを粗大ゴミに出した。彼女を思い詰めさせる程の量になった本を投げ捨てるように売却した。多分それはこれから3年かけて稼ぐ事になる金額だったと思うのだけれども、手元に戻ってきた金は勤めていた頃の半月分位の金だった。
 荷物を運び込む度にまた要らない物を持ってきたのだろう?減らせ、無用な物を持ち込むな。母親はそう繰り返し言った。 アパートに戻り、何を処分しようかと思案した。そこで目に付いたのは残されたカーテンだった。これを捨てれば衣装ケース1箱分は荷物が減る。私は半ば喜びながらその未開封のカーテンをゴミ袋に詰め込んだ。ちょうどその日は燃えるゴミの日で、ゴミ運搬車はまだ来ていなかった。一瞬、まだ捨てる機会はあるのだし急がなくても良いかと悩んだが、私が結局そのカーテンをゴミ置き場に投げ込んだ。まもなく運搬車がやってきてそこにあったゴミのすべてを運び去っていった。私は間に合った事に満足した。
 今日、実家の部屋に立った。カーテンはあまりにも薄く、寒々としていた。やはりあのカーテンはとって置くべきだった、私は後悔した。だがもう既に彼女が選んでくれたカーテンは灰になっているだろう。
 すべてが、そういう事だった。