いん・まい・るーむ 〜2〜

 東尋坊から雄島までは遊歩道が整備されていた。松の並木で昼なお暗い。人気の無い遊歩道はあまり楽しいものでもないな、などとボンヤリ考えていると、茂みの向こうに何かが見えた。なんだろう、俺はその方向に歩を進め、そして隠れた。いるもんだなぁ、と言うのが率直な感想だった。大体、そんなものを見るのは初めてだったし、どうしたものかとも思った。結果、茂みに隠れたのだが、まさかこんな所で青姦というのはいささか趣味を疑う。そんな事がしたいのであれば芦原温泉のはずれの山の中のホテルにでもいけばいいのに。自分でも陳腐だとは思った。息を潜める。中年男に女子高生?その制服は見たことの無いものだった。どこから来たんだ、あいつら。そもそも女子高生か?本当に。妙な嗜好をもてあそんでいると、ふと少女と目が合った。厄介だな、と思った。少女の目は救いを求めているように思えた。勘違いだ、と思おうとした。目をそらし、もう一度見る。少女は俺を見ていた。男はベルトに手をかけていた。……正直、面倒に巻き込まれるのは嫌だった。
「おい、あんたら、こんな所で何してるんだ!」
 大声で。振り返った男の目は怯えていた。どこにでもいそうな、善良そうな親父さん。きっと家には高校生の娘がいるんじゃないだろうか?きっと親父さんはその娘に汚物でも見るような目で見られているのに違いない。そんな気がした。
「いや、私じゃない。私じゃないんだ!」
 親父さんは、そういいながら、降ろしかけていたズボンによろけつつ走り去っていった。
「大丈夫か?」
 少女は怯えているように見えた。が、その次の瞬間妙なことを口にした。
「ねぇ、お兄さん。お金貸してくれませんか?」
 つまりはそういう事だったのだろう。

 笛付きケトルというのは便利だ。ぼーっとしていてもお湯が沸いたことがわかる。俺はコンロの火を止めガスの元栓を捻ると、ゆっくりコーヒー豆の上にお湯を注いだ。ふっとコーヒーの香りが立ち込める。水緒は少し浸った方が好きだった。

 水緒は早い話が家出少女だった。ヒッチハイクでここまで来たらしいのだが何度か危ない目にも合い、ほとほと懲りたのだといった。だったらさっさと家へ帰れと言うと、水緒はお金が無いから帰れない、と言い放った。いくらいるんだと尋ねると5万もあれば良いと言う。俺の手持ちは10万。やってやれないことも無かったが、そんな義理もないように思えた。
「警察に行けば早いじゃないか?」
「警察だけは行きたくない」
 水緒はそう言って黙りこくってしまった。ならば一ヵ月後に退職金が入る。それまで待っててくれれば5万やろう。そういうと水緒は顔を揚げ、そして不意に表情を曇らせた。
「1ヶ月もどこにいるの?」
 あー。俺はやっぱり頭が悪い。

 水緒のコーヒーに砂糖とミルク。自分のサイダーは足して居間に戻った。 
「ほい」
「ありがと」
 水緒はマンガを読み終えていた。テーブルにコーヒーを置く。俺はPCの前に座ってサイダーを一口含んだ。
「ところで、なんで襲わないの?」
 サイダー吹いた。あー、ゲヒーン、と水緒が軽蔑のまなざしで俺を見ていた。
「いきなり妙なこと言うお前が悪い」
「ひょっとして、2次コン?」
 どこでそんな言葉を仕入れたか、この家出少女。
「どうでもいい」
「だって、こんな可愛い女の子ほっとくのは変よ!ヒッチハイクさせてくれた男の子達はみんな襲いかかって来たよ?あのおじさんも」
 どうしたものだろうか、俺は途方に暮れた。
「じゃあ、あれか?お前はやっぱり襲われたいのか?」
 水緒は不意にうつむき、言葉を詰まらせた。
「い、えと、そんなんじゃないけど……」
「なら四の五の言うな」
 キーを叩く。水緒はなんとなく釈然としない雰囲気でコーヒーを一口含んだ。
「俺は熟女マニアなんだ」
 後悔した。水緒が噴き出したコーヒーは俺のシャツに不揃いな茶色い水玉をペイントした。水緒は信じられないという顔で俺を見ていた。
「だって、もってる漫画みんなロリコン物じゃない!」
 俺は激しく後悔した。
「洗濯して来る」
「あ、私するー」
 水緒が立ち上がる。これはこれで気を使っているんだろうな、と俺は苦笑いを浮かべた。
「ほら、脱いで脱いで」
 嬉々としていた。何がそんなにうれしいんだろう。俺は上に来ていたシャツを脱ぐとそれを水緒に手渡した。すると、水緒は一言呟くように言った。
「もうちょっと、やせた方がいいよ?」
 余計なお世話だった。

                                (つづく)