黄金の種

 

 ごめんね。
 守ってあげられなくて、ごめんね。
 守ってあげるって、考えてたのが間違いだったのかな。
 ごめんね。
 ごめんね。
 ごめんね。
 ごめんね。
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
(以下、解読不能
 【旧・日本州種子保存センター跡地より発見された半壊の『はるか』のメモリからサルベージされたデータより】


 気がつくと、僕は荒野を走っていた。背後に迫る羽音。振り向くとそこに何かがいた。検索結果、アメリカ連合対人自立戦闘機・キラービー。僕は兵装を検索した。……”No DATA”。僕は全速力で走った。思うようにスピードが出ない。なんでだろう?機銃の起動音、破裂音、爆音。僕の走る数センチ横を銃弾が掠める。
そして、僕は転んでしまった。もうダメだ、やられる!僕はもううずくまるしかなかった。逃げなきゃ、逃げなきゃ。
「そのまま伏せてて!」
 誰かの声、刹那、何かの発射音。見あげると真っ赤な火の玉がキラービーに飛び込んでいくのが見えた。数秒後、キラービーは四散した。
「大丈夫?けがは無い?坊や」
 坊や?僕は坊やなの?目の前にあった水溜りに自分を写す。……そうだ、僕は坊やだった。
「立てる?」
 見あげると、そこにお姉さんが立っていた。半そでの迷彩服に防弾チョッキ、手にしているのは対戦車ライフル。あ、このお姉さんが僕を助けてくれたんだ。
「ありがと、お姉さん」
 僕がそういうとお姉さんはにっこり笑った。僕もつられて笑ってしまった。
「こんな所に一人でいちゃ危ないよ?お父さんかお母さんは?」
 えっと、わからない。お父さんって何?お母さんって何?おかあさん……えーと。えーと。気がつくと頬に何かが伝っていた。目から何かが流れていた。僕が悩んでいるとお姉さんは優しい笑顔で僕を抱き上げてくれた。
「怖かったんだね、ごめんね。でも大丈夫、私が守ってあげるから」
 お姉さんはなぜか悲しそうだった。


 てくてくと野原を歩く。ここは昔、この国でも有数の『けんきゅうとし』だったそうだった。『けんきゅうとし』
って?と僕が聞くとお姉さんは微笑を浮かべながら、『いろんな勉強をする所よ』と教えてくれた。僕はそれは違うと思ったんだけど、何も言わないことにした。
「ここよ!」
 着いたのは、壊れかかったビルだった。入口には壊れかけた看板。『農林水産省種子保存センター』。お姉さんはそれを見上げる僕に言った。
「ここは日本にあるいろんな種類の野菜や果物の種を保存しているとこなのよ」
 誇らしげだった。入口のドアのガラスは半分壊れていて、お姉さんは気をつけてね、と言った。
 
 中に入るとそこには手がない人、足がない人、頭にぐるぐる包帯を巻かれた人。おとこの人、おんなの人、こどもやおじいちゃん、おばあちゃんが壊れかけた部屋でうずくまっていた。その中をお姉さんとおんなじ、でも白衣を着た人たちが働きまわっていた。
「31号、どうしたの、その子?」
「あ、うん。そこでキラービーに襲われてたの。でね、お父さんもお母さんもいないみたいで……」
 お姉さんは笑った。
「あなたが外に出ると人が増えてくわね」
「ごめんね」
 お姉さんは困ったように笑った。僕はお姉さんに迷惑をかけているんだろうか?僕がお姉さんを見つめていると白衣のお姉さんがしゃがんで頭を撫でてくれた。
「僕のせいじゃないのよ。それが私たちの仕事だから」
「そう、私たちはみんなを守る為にいるのよ」
 そういって、お姉さんたちは笑った。どこかでうめき声がする。白衣のお姉さんはにっこり笑って走って行った。
「その子、お腹すいてるんじゃないの?26号がシチュー作ってたはずだから貰ってあげなさい」
「うん!」
 お姉さんは、いこっか、と言って僕の手を引いた。おにいさんがひとり、ぐったりしていた。センサーは彼が死んでいることを伝えていた。白衣のお姉さんが、泣いていた。

 食堂と書かれた部屋にはいろんな人たちが集まっていた。そしてみんな、皿の上に乗った何かをうれしそうに食べていた。
「お腹空いたでしょ?」
 お姉さんが笑っていた。僕はお腹が空くって事が何のことなのかわからなかったが、なんとなくうなずいて見せた。
「じゃ、シチュー食べよっ。26号!この子にもー」
「はーい」
 食堂の向こうには古代的な調理設備。コンロにかけられた寸胴の中からエプロンをつけたお姉さんがアルマイト製の皿にその中身をよそってくれた。なんだろう?僕はその皿の中を覗き込んだ。白い。植物の断片、ミルクの匂い。動物性のものは何も入っていないようだった。
「ハイ、シチュー」
 銀色のスプーン、僕は食卓に座らされ、それを食べろと急かされた。お姉さんが目の前でニコニコ笑っている。こんなものを食べたら壊れないかな?でも、食べなきゃ疑われる。疑われるとマザーに怒られる。……マザー?マザーって?
「食べな?」
 いつの間にかエプロンのお姉さんが僕の隣に立っていた。あれ?センサーが働いてなかった。機能不全だろうか?メンテナンスが受けたいな。
「シチュー、嫌いだった?」
 お姉さんが悲しそうだった。お姉さんが悲しむのは寂しい。僕は一口そのシチューと言うものを口にした。
 柔らかい、甘い。塩分と脂分。まろやかと言う語彙が検索された。人参、と言うものらしい。それと玉ねぎ。じゃがいもも入っている。と、すれば近隣に農場がある。農場にはたくさんの人間が働いているはずだ。頭のどこかで何かがはじけた。
「お味は、どう?」
「おいしいよ!」
 最初に発すべき語彙。二人のお姉さんはうれしそうに笑った。
「お代わりは無いんだ。ごめんね」
 エプロンのお姉さんは済まなそうに言った。ここは食料がつきかけている。寸胴の大きさ、周りにいる人たちから僕はこの建物の中にいる人数を推測した。およそ100名。その殆どは非戦闘員。障害となりうる勢力、3。お姉さんは機械だ。データベースを検索する。日本製汎用アンドロイド『はるか』。駆動音から初期型と推定。『はるか』は通常は3体一組で行動する。そしてその一組が共通の人格を持つ。それが1体ずつで行動しているとなると多分メンテナンス不良だ。
 僕は思った。キラービー一個小隊で充分だと。


 夜が来た。僕はあてがわれた寝床を抜け出し窓辺へと立った。センサーを働かせる。周囲に『はるか』はいない。
 遠距離光学センサーで偵察型キラービーを捉える。一瞬のレーザー送信。それで全てが始まる手筈だ。背後に立つ人影。僕は振り返った。そこに立っていたのは『忍』だった。よりによって『忍』!お姉さんたちはひとたまりも無いじゃないか!僕はマザーを呪った。あれ?なんでだ?
 
「坊や!どいて!!」
 部屋の明かりがつく。お姉さんの声。来ちゃダメだ、こいつはあなたの歯が立つ相手じゃない。一閃、お姉さんは破壊された。
「お姉さん!!」
 僕はお姉さんに駆け寄った。『忍』と目が合う。『忍』は無表情で去って行った。
「お姉さん!お姉さん!!」
 内循環系からおびただしい液体が漏れ出している。生体部維持液、その色は赤く着色されている。僕の服が真っ赤に染まる。遠くからお姉さんの悲鳴。多分『忍』だ。この施設に住む人間を絶やすにアレは10分とかからない。
「だいじょう……ぶ?ぼう……や。だい……じ……ょ……」
 口から維持液が溢れる。
「お姉さん、ごめんなさい、お姉さん、ごめんなさい!」
 目から涙が溢れる。それがぽたん、ぽたんとお姉さんに落ちる。
「いい……の……………」
 何かをいいかけて、お姉さんは停止した。
 

「作戦終了」
 なにかがはじける。僕は立ち上がり、『はるか』を放り出した。
 
 ただ胸に、何かが残っている気がした。