宇宙戦争モノ

                                               日本連邦宇宙軍・第2方面隊 駆逐艦『わかな』                              
 艦長室というものはいつの時代でもそれなりの空間を確保されている。それは空間利用に厳しい制約がある宇宙艦艇でも同じだった。なぜならばそこはその艦長たるものの権力の象徴であったし、艦内で老練な下士官ですら極秘裏に処理できないような紛争が起きればそこは法廷として機能しなければならなかったし、もし上級指揮系統からの極秘伝達事項があればそこは将校会議の場となった。
 横河は、この場合は法廷のようなもんだな、と思いながらそこに立っていた。
「……という訳であるから貴官は先任士官としてこの艦と共に……」
 喜んでやがる。こいつはこの人事を喜んでやがる。横河は無表情のまま辞令を読み上げる艦長を見つめていた。

 艦長室を後にして食堂へと向かった。駆逐艦『わかな』は乗員数が120人、3交代で課業に当たっている為、食堂には60人ほどが座れるスペースが確保されていた。
 何を食べようか?食欲がある訳でもなかったが、何かうまいものが食べたい。こういう時はあれか、酒が飲めるやつは羨ましいなと思うべきなんだろうか?そこまで考えて横河は笑った。艦内での飲酒は禁じられている。旧世代の海軍じゃあるまいし、そもそも宇宙軍士官たるものは酒など嗜むべきではないと横河は考えていた。が、だからといってそれを他人に強要するのは馬鹿げた行為だとも知っていた。どっちにしても酒が飲めないのであれば酒飲みにすれば宇宙軍は地獄だろう。なんだ、だとすれば自分が酒が飲めない事はむしろ幸福と思うべきだな。横河は、かといって自分が幸せなわけでもない事にも気づいていた。ただ、それを思考の範囲外に置く事で精神の平衡を保とうとしていた。
 IDカードを自動調理装置にかざす。表示装置に表示された配給ポイント残高はすべての食事が選択可能であることを示していた。士官食・下士官食・兵食。悩んだ挙句横河は兵食Bと記されたセットを選び、ボタンを押した。数十秒後、横河は加温処理が施されたトレイを手に適当な席を探した。一番奥の4人掛けが空いていた。
 メニューは洋食セットとされていた。ソースカツにハンバーグ、味噌汁、ポテトサラダに沢庵が2切れ。ご飯は雑穀米だった。甘辛いソースが染み込んだソースカツを一切れ、ご飯と一緒に口中に放り込む。肉は薄い。横河はこれが好みだった。士官食セットのカツはロース肉で立派なものだった。ソースもとんかつソースが別添えで、これはこれで旨いとは思ったが先祖代々受け継がれてきた遺伝の記憶だろうか?横河は紙カツと忌み嫌われているこのソースカツの方が好みだった。メシにはこっちの方が絶対に合う。
「よう、横河。また兵食セットかよ。お前、そんなにポイント残してどうするつもりだ?家でも買うのか」
 横河は苦笑いを浮かべて席を勧めた。中原一尉は航宙科で同期だった。横河と同じ班であった為発令所ではいつもコンビを組んでいた。横河は中原が嫌いではなかった。
「どうだった」
「辞令だった」
「そうか。まぁ、それ以上は聞けないんだろうな」
「あぁ、そういう事になってる……なんだ、お前も兵食セットか?」
 横河が聞くと中原は露骨にいやな顔をして見せた。
「お前は趣味、俺はポイントが無いだけだ」
「お前、酒飲みだからな」
 横河は笑った。
ノンアルコールビールなんぞ、飲むもんじゃないって知ってはいるんだがな。癖ってのはやめられんもんだ」
「だからやめろといってるんだよ」
「お前だってサイダーをやたらと飲むじゃないか?」
「悪癖ってのは、人間が人間たる所以さね」
「ちげーねー」
 兵たちが呆れてみているような気がした。横河はノンアルコールビールとサイダーを自動給仕機にオーダーしてテーブルに置いた。
「逆じゃないか?」
「たまには、互いの好みを知るってのも必要じゃないか?」
 中原は顔をしかめた。横河はパックの蓋を開け、ノンアルコールビールを一口飲んだ。そして思った。やはり宇宙軍士官というものは飲酒などすべきではない、と。