「あんまり、星」
 夜道。言いかけて水緒が言葉を止めた。僕は振り返って水緒を見た。彼女は空を見上げていた。吐く息が白い。そしてそれは空の闇へと解けていくように思えた。
「なんだ?」
「んー。あんまり、星、見えないな、と思って」
 僕は空を見上げた。明るく輝く月、そしてまばらに瞬く星々。コンビニの看板、8階建てのマンション。
「田舎なのにな。水緒の街は星は見えたのか?」
「……あんまり、見えなかった」
「そうか」
 凍りついた道を歩く。それ以上僕は何も聞くつもりも無かった。僕は水緒に何も聞かない。水緒も僕に何も聞かない。互いに互いを知らないまま、ただ同じ部屋で暮らす。そういう約束だった。自分でも奇妙だとは思った。なぜ僕は何の見返りも為しにこんな少女と一緒に生活しているのだろう?いったいなぜ僕はこの少女を部屋に招き入れてしまったのだろう。それは何かの偶然だったのだろう。偶然がいくつも重なり合って……いかんいかん、僕ももういい歳だというのに。僕は独り笑った。水緒は不思議そうな顔をしたが、何も聞かなかった。
 そういう約束だった。そういう約束だったのだ。