宇宙戦争(仮)#1

「『さみだれ』通信途絶、第17護衛群壊滅!」
 通信士の悲鳴にも似た絶叫がCDCに響く。それは日本連邦宇宙軍創設以来初めての艦隊戦だった。
「敵性物体、A、高速移動物体を分離。3体、観測室より映像、スクリーンに出します」
 事務的なオペレータの声、CDCはその映像に一同声を失った。
「冗談じゃねぇぞ」
 砲雷科士官が呻くように言った。スクリーンに映し出された物体はまるで古代のおとぎ話に出てくるような岩でできた人形だった。


 日本連邦宇宙軍少尉候補生・水元隆志はあまり事態を深刻には考えていなかった。そもそも水元が宇宙軍に志願したのは宇宙に出たかったからであったし、それには宇宙軍に志願することが一番手っ取り早かったから志願しただけだった。だから急遽演習航行を計画最中で終了し練習艦が月基地に到着する寸前に受け取った辞令について同期生達から同情の念を表された事については何の感慨もなかった。
 ただ、たしかに奇妙な辞令ではあるとは思った。その辞令にはただ一言、『航路保安局への出向を命ず』とだけ書かれていた。言われるまま出頭した航路保安局ではまたあっちへ行け、こっちへ行けといわれ、最後に辿り着いたのは自分と同じく宇宙軍から『出向』させられていた船だった。
「日本連邦宇宙軍、水元隆志候補生。日本連邦宇宙航路保安局・特務船『わかな』への乗艦を命ぜられました!」
 辞令を手渡した相手は宇宙軍の制服を纏っていた。辞令を眺め、水元の顔を一瞬見た男はため息を一つついて答えた。
「ご苦労。私は本艦……いや、本船の先任将校を勤める横河だ。現在艦……いや、船長は処務の為不在、本船は私が預かっている。候補生、お前兵科はなんだ?」
 水元は初等訓練で教えられた通り横河の被る制帽のつばに視線を見据えながら答えた。
「はい、航法科であります」
 横河はにやりと笑った。
「うん、知ってる。お前の面倒を見てくれるのは航路局の坂本保安正だ。艦載艇デッキへ行け……っても、まぁ、艦内の事も知らんわな。」
 そう言うと首を少し伸ばしCDC内を見回した。そして独りコンソールに向かっていた女性に向かって言った。
「春菜、すまんがこいつを坂本保安正の所まで案内してくれ」
「了解」
 水元はその抑揚の無い声に一瞬戸惑いを覚えた。席を立ち、水元の前に立った彼女はしばらく無表情で何も言わなかった。そして、水元に取っては気まずい沈黙の流れる中、その光景を面白そうに眺める横河の視線に気がついた。おかしな所に来ちゃったなぁ、水元は心の中でつぶやいた。そして春菜と呼ばれた女性がようやく口を開いた。
「……なんとお呼びすればいいですか?」
「へ?」
 水元の声に横河は吹き出した。
「おいおい、春菜。あんまり新人をいじめるな」
「いじめる、ですか?これが『いじめる』なのですか?」
 春菜は横河を見つめて言った。横河は苦笑いを浮かべながら答えた。
「いや、正確には違うな。いじめてるのは俺だな。俺が候補生をいじめている。お前じゃない」
「横河さんはこの方をお嫌いなんですか?」
「いや、嫌うも何もそんな事を判断するほど付き合いも長くないし任務において求められるのは好みではなく能力だ。私は彼を嫌ってなんぞいないぞ?」
「そうですか。まだよくわかりません」
「まぁ、そうあわてるもんじゃないよ。春菜、ボチボチやれ」
「ぼちぼちですか」
「ぼちぼちだ」
「『ぼちぼち』とはどういう意味ですか?」
 水元はそんなやり取りを不思議そうに見ていた。
「うーん、『ぼちぼち』とは『急ぐな』と言う意味だ」
「了解。いそぎません」
「よろしい。……では春菜、彼の事は『候補生』と呼ぶ様に。その後の再設定は本人から任意に行って良いよ」
「了解。『水元少尉候補生』はこれより『候補生』とお呼びします。他の呼称はご本人からの再設定で行います」
「よろしい。では、春菜。『候補生』を『坂本航法長』の所にお連れして」
「了解しました。では、『候補生』さん、どうぞ私の後についてきてください」
 春菜はそう言って水元に微笑みかけ、踵を返して歩き始めた……が、その歩みは決して早いものではなかった。水元が戸惑っていると横河はやはり苦笑いを浮かべて言った。
「春菜、今は急げ」
「了解しました」
 急に早くなった歩調に水元はあわてて走り出さなければならなかった。
「候補生、お前もボチボチ慣れろ」
 CDCのドアを抜ける時、横河の声に水元は答礼し損ねた。