宇宙戦争(仮) #2ブリッジにて

 水元はものすごい勢いで通路を突き進んでいく春菜に追いつくのがやっとで、艦橋に辿り着いた時には息が上がっていた。
「坂本航法長、『候補生』さんをお連れしました」
 息を整えながら姿勢を正す水元見た坂本はクスリと笑って右手を差し出した。
「ようこそ航路保安局へ。私があなたの上官になります坂本智子、二等保安正です。こんな所帯だから階級はいいです。私の事は『航法長』とでも『坂本さん』とでも好きなように呼んで」
 敬礼しかけた水元はそんな坂本の態度にやや戸惑いを覚えながら握手を交わした。……女性乗組員は宇宙軍でも珍しくはなかったし、特に航法科には女性士官も多かったが坂本のようにすらっとした容姿の女性を見たのは久しぶりだった。どちらかと言うとアテンダントや民航窓口職員っぽいな、そんな事を水元は思っていた。
「えーと、水元君?」
「はいっ!」
 水元は坂本に顔をまっすぐに見つめられていた事に気づき驚きの声をあげた。坂本はクスクスと笑った。
「なんでしょう、……えーと、坂本航法長」
 坂本は顔を真っ赤にしている水元に微笑を浮かべた。
「えーと、今はまだ課業中ですからしっかりしてくださいね」
 そして表情をスッと戻し、改めて尋ねた。
「でね、水元君。あなたこの船の任務とか、聞いてる?」
 水元はハッとした。
「いえ何も聞いてません」
「そうでしょうね……」
 坂本は少し苦笑いを浮かべながら言った。多分それは予想されていた回答なのだろう。水元は慌しさの中その疑問を忘れていた自分を恥じたがそれも数秒の事だった。
「坂本航法長、あの、お尋ねしてもよろしいですか?」
 そう言う水元の態度に坂本は何か憎めない雰囲気を感じた。そもそも憎む必要もないのだけれども。この船の任務はごく一部の限られた人員にしか知らされていない訳だし、今ここまでやってきた彼がその任務について何も知らされていない事、そして知らないという事を知ってなお戸惑いを見せない事、それらの点で水元は望むべき人材なんだろうと坂本は安堵していた。
「詳しい事は船長がお帰りになってから説明いただくとして、あなたにはしばらくは私の元で船の航行勤務に就いてもらいますが、後に配備される試作高速艇へ副航法士として配属される事になってます」
「高速艇ですか?」
「そう、高速艇」
 驚く水元に坂本は事も無げに答えた。
「高速艇に航法士は不要じゃないんですか?」
 航法士の任務とはルナティックドライブ……22世紀初頭に発見された『ルナストーン』を中核に持った仮想重力点航行システムの運用だった。『ルナストーン』はその見かけは水晶のようなものだったが、その結晶面へ光や音と言ったエネルギーを与えてやる事により任意の空間に仮想的な重力点を造りだす事が可能という魔法のような石で人類に恒星間航行を現実のモノとして与えた。現在宇宙を航行する艦船はすべてこの機関を搭載していたが、その機関の巨大さから小型艇には搭載が不可能であり、艦載艇や宇宙往還機などは旧来から人類が慣れ親しんでいる液体燃料ロケットを主機として使用していた。
「その辺りはまたおいおい説明して行くわ。一応あなたもロケット推進機の免許も持ってるでしょ?」
「はい、それは当然持ってますが……」
 坂本はそういいなお釈然としない様な水元をみて安堵のため息をついた。いくら常識に囚われないからと言っても限度ってものがあるよね。だがその思いは数秒後打ち破られた。
「では航法長、当座の任務に就きたいと思います。ご命令を」
 当座って……。坂本はその水元の笑顔に戸惑いを覚えた。が、それを表情に出すほど坂本も若くはなかった。第一この船に配属されて以来驚く事には慣れている。あの横河先任はそれほどでもないようだけれども、まぁ、いいわ。
「とりあえず私物を部屋に。その後ブリッジで出航に備えてください」
「出航、ですか?」
 水元は笑っていた。
「本船は乗り組み予定の人員が揃い次第出航します。行き先は船長がお戻り次第お話があると思いますからそれまでは言えません」
 水元はチラッと航法コンソールの画面を覗き込んだ。
「了解しました。私物を部屋に納め再出頭します」
 敬礼してドアを出て行った水口はすぐブリッジに戻ってきた。
「あの、僕の部屋は?」
「春菜、『候補生』を『お部屋』までご案内差し上げて。大至急」
「了解しました。『候補生』さん、どうぞ私についてください」
 走り出す春菜に水元は呆れ顔の坂本に軽く敬礼を送って跡を追った。『あきつ』星系か……そういえば行った事なかったな。春菜の足は早かった。水元はそれ以上考えている余裕がなかった。