宇宙戦争(仮)#3

 水元が着任してから3日後『わかな』に船長が帰着した。その間にも幾人もの要員が乗船たが、その面々は誰もおよそ航路保安任務には関わりのないような人間ばかりだった。
 特務船『わかな』もそもそもは楠級改という艦級に分類される駆逐艦であり旧式駆逐艦が航路保安局に払い下げられるという例は多々あったが『わかな』は少なくともまだまだ一線級の『護衛艦』であり、通常ならば移籍と同時に撤去される艦首軸線荷電粒子砲や艦の3面にそれぞれ装備された連装パルスレーザー砲などはそのままでこれも明らかに過剰装備だと言えた。水元士官学校の座学で軽く国際法を学んだ程度だったが、これは明らかに条約違反なんじゃないかな、などと思っていた。
 それ以外にも条約違反と思われるものはいくつもあった。例えば人類が絶滅の危機に瀕した『破滅戦争』後成立したと言う『高性能AI等を兵器に搭載しない旨の条約』。春菜はそこで規定されているAIを搭載したアンドロイドだった。確かに春菜は人類側に立って『破滅戦争』を戦ったアンドロイド『はるかシステム』のレプリカではあったが、それでもその事実が世間に公表されれば問題となったろう。
 また、この艦には信じられない兵器も配備されていた。人型戦闘機、正式には『試製多目的戦闘機』は現代の宇宙戦争の概念にはまったく合致しないものだった。最も、水元は個人的にはその存在を喜んだがどう考えても宇宙戦争には無用の長物に思えてならなかった。そもそも、現在は宇宙戦争などというものが起こりえる状況はなかった。『ルナティックドライブ』が発明されて以降、人類は宇宙に広く進出し、その行く手すべてに人が可住できる『温和』な生態系を有した惑星が発見された。また驚くべき事は『人類』がいない以外、その惑星が有する生命は地球上のモノとほとんどかわらず、違いがあったとしてもそれは有袋類が全球を支配している程度だった。さらに不思議な事に各惑星でも『ルナストーン』が発見されており、人類は領土・資源等を奪い合う戦争をこの数世紀行う必要を感じていなかった。結果、皮肉な事に不安定なのは精々地球上だけという状況が出現していた。
 この船には逆にあるべきものがないと言う点もあった。例えば、楠改級は通常20人の宇宙軍将兵で運用され、それが3交代で任務に当たるので合計60人が乗り組んでいるのだが、『わかな』には航路保安局・宇宙軍合わせて15人程の要員しか乗り合わせていなかった。極端な事を言えば『わかな』は二人も人員がいれば戦闘行動が取れた。主機である『仮想重力点航行システム』は艦上で整備できるようなものではなかったし、その稼動電力を得る為に存在している常温融合炉もまた小手先で扱えるモノではなかった。一応機関科と言う兵種が存在はしていたが、彼らの任務は『融合炉』の運転でありその燃料タンク等々の保守だった。また、補助機関であるロケット推進システムも彼らの職分であったが、それらにはそれほどの人員が必要な訳でもなかったし第一ロケットはその推進力が現代の宇宙旅行には大いに不足していた。また、艦のダメージコントロールを行う人員というのが最初から想定されていなかったのも人員が少ない理由の一つだった。なぜならばもし艦隊戦になった場合、装甲板を貫かれた艦は気密が破れ乗員の生命は即座に絶たれる。ならば最初から死ぬ人間は少ないほうがいいし、逆に言ってしまえばだからこそ人的・経済的損失が甚だしい宇宙戦争などをやろうとはどの国も思っていないのだった。
 それでも各国が宇宙軍を有しているのは『他国が持っているから』という非常に間が抜けた理由からだった。もちろんそれが不幸かどうかはわからない。いつも極地を開拓するのは宇宙軍の任務であったし、時折出現する宙賊を排除する必要もあった。また、人類はまだまだ攻撃的異星文明が存在しないとも確信してはいなかった。
 水元は時々この矛盾について考えてはいたが、死ぬ可能性も少なく宇宙を飛べるのであればまぁ、どうでもいいと考えていた。だからと言って一朝事あらば身を捨てるだけの覚悟はあった。ただ、その『一朝』というものを想像する事は出来なかったが。

 船長帰着は『わかな』出航の合図ともなった。水元は『わかな』の艦橋で見習い航法士としてチャートを読み、周囲の宇宙環境を監視していた。