宇宙戦争(仮)#4

 艦長室と書かれたプレートを見上げ、中本は小さくため息をついた。そして再び笑顔に戻るとそのドアを3回ノックした。
「どうぞ」
 中から弾むような返事が帰ってきた。『失礼します』中本はドアのコンソールに人差し指を当てドアを開けた。艦長室と言ってもさほどの調度は無い。一般士官用の個室がベッドとその下のスペースを利用した私物入れ、そしてベッドを座席代わりに使用するしかない小さな机を備えているだけと言う所からすればそれは豪華には違いなかったが、椅子付きの小ぶりな執務机と寝台兼用のソファーセットがあるだけと言うのは贅沢と言っていいかはわからない。部屋の主の趣味か、壁には高原の写真が飾られていた。装飾はただそれだけだった。中本はすでに集まっていた面々に軽く会釈をした。とりあえず船の中ではそれでいいと船長は言っていた。先任の横河はそれがあまり面白そうではなかったが、上官の言には従っていた。彼らはこの船の首脳部、より正確にはこの船が帯びた任務に必要な人々だった。そしてそれは日本連邦というシステムすべてから所属地位関係無しに集められていた。中には人格に問題があるようなものもいたが、少なくともここでは能力最優先ですべてが決せられていた。人類にはつべこべ能書きを垂れている時間は無い。根回しと建前が好きな日本民族と言えども、現状ではそれを理解していた。
「現在当船は順調に目標宙域『A』へと航行中です。周囲100光秒には本船以外の人工物はありません」
 中本が執務席に座る男に報告した。土屋博和宇宙軍准将、彼の兵科は『航法科』、年齢は62歳と聞かされていた。それよりは若く見える。
「いいですね。中本さんには手間をかけさせます。ところで彼、どうですか?」
「彼といいますと……水元候補生ですか?」
「そう、水元君。中々なもんでしょ?」
 土屋は楽しそうだった。
「頭は良さそうです。チャートを一瞬見ただけで『A』がどこか理解できたようですし、数式を解くセンスも悪くありません」
 中本の発言に土屋は楽しげに笑った。横河は仏頂面だった。『この人、人生楽しいのかしら?』中本はふとそう思った。土屋が咳払いをした。中本の同期、航宙科の善通寺が自分の隣の席に手を置いた。中本はそれに従いそこに腰を降ろした。善通寺も二等保安正であるが、『航宙科』は艦載艇を主に扱う部門だった。
「では皆さん、とりあえずこれ以上の情報秘匿は面倒ですのでそろそろ船に乗り組む全員に私達の置かれた状況と目的を話したいと思いますが、どうでしょう?」
 土屋の発言にその場にいた一同は頷いた。民間から来た高崎、高松はそもそも情報秘匿には消極的だった。彼らはそれぞれ『はるかシステム』と『多目的戦闘機』の技師だった。
「しかしどうでしょう、全部話すには動揺がありませんかね?」
 宇宙軍から来ていた中川機関科中尉が異議を出した。
「いや、状況が状況だ。知らせておくに越した事はない」
「それで降りるって奴は出ませんかね?」
 高崎の発言に中川が高松を見た。高松はニヤリと笑った。
「あんな馬鹿みたいなもの触らせてもらえるのに?そんな奴は乗せてませんよ」
 中本は苦笑いを浮かべた。善通寺は明らかに不安そうな顔をしていた。『何かおかしくない?』目がそう訴えていた。
「身の危険より人型兵器への興味が優先。自分が任官した頃には想像もしなかった状況ではありますが……」
 横河が口を開いた。
「所で、アレも話すんですか?」
「アレっては何かな?二つあるぞ。お姫さんの方か?それとも負け戦の方か」
 横河の質問に土屋は悪戯っぽく答えた。横河は露骨に嫌な顔をした。
「負け戦のほうです」
「言うべきだろうな」
 即答だった。場の雰囲気が一気に変わる。
「レポートは出していた。基礎研究もやっていた。警報も出した。それをすべて握りつぶしたのは宇宙軍だ」
 土屋は事も無げに言った。横河はうつむいていた。そしてつぶやくように言った。
「そして宇宙軍は8隻の船を失った」
「正確には、7隻だ」
 土屋の言葉に、横河は顔をあげた。
「確かに、1隻はまだこの宇宙に存在してますね」
「宇宙軍が失ったという意味では、間違っちゃいないね。……では、次の『ルナティック・ドライブ』終了時に告白するとしよう。他に話が無ければもう仕事に戻っていいよ」
 一同が立ち上がった。そして最後に横河が退出しようとした時、土屋は横河を呼びとめた。
「横河大尉、先任士官ごくろうだった。任を解くよ」
 振り返った横河は一瞬虚脱した様な顔になり、そして怒りの形相を露わにした。
「准将が船長ってのは拙いそうだ。わしも仕事が増える。船を任すよ。異例ではあるが、船長代理を命ず」
 土屋が投げた青い箱は横河の手にストンと落ちた。開けると中には少佐の階級章が入っていた。
「すまんな。償いを果たすにはもうちょっとかかる」
 横河はその箱を左手に、憮然とした態度で土屋に敬礼を送り退出した。その敬礼は宇宙軍の礼法にまったく適ったものだった。