宇宙戦争(仮)#5

「総員に通達、本船は1200に『ルナティックドライブ』に入る。終了後、船長より全員に対し今回の本船任務等についての訓示がある。直員は配置のまま、待機中の各員も所定配置にて聞くように」
 横河の放送を水元は食堂で昼食を食べながら聞いた。時計は1150、宇宙軍ならば『ルナティックドライブ』突入時は寝ている乗員にも『総員起こし』がかかるが放送ではその指示はなかった。が、実際には『総員起こし』がかけられている。食堂がざわついた。
「ねぇねぇ、水元君。『ルナティックドライブ』ってどんなの?」
 右手前に座った秋沢……秋沢瑞穂日本国統合自衛隊三等空尉が興奮した口調で尋ねてきた。『機動艇』パイロット、秋沢の配置はそう聞かされていた。それ以上の事は教えられていない。それもこれもすべて船長訓示によって明かされる、そういう話だった。
「秋沢さん、『ルナティックドライブ』は初めてですか?」
「そーなのよー。何しろ宇宙に出たのも今回が初めてで……って、あれ?あー、そう言えば修学旅行にラグランジュポイントまでは行ったかな?」
 水元が笑った。秋沢との会話はいつも話の筋がおかしな方向に流れていくのだが、年上で階級も上である秋沢にそれを指摘する訳にも行かなかった。
「なんでお前の話はいつも横道にそれるかな?」
 秋沢と水元の会話を同じテーブルで聞いていた『多目的戦闘機』パイロットの渡辺駿・統自三等海曹が苦々しそうに呟いた。渡辺は白兵戦のプロで秋沢よりも3歳年上だった。渡辺と秋沢はいつも一緒にいるのだが、これは『多目的戦闘機』と『機動艇』が一心同体で行動する為その訓練の一環らしい。
「なによ!あんた、文句あんの!!」
「別にねーよ」
 こんな感じで大丈夫なんだろうか?詳しくは知らないのだが、シミュレーションではこのコンビが一番成績が良かったらしく本船への乗組となったとの噂だった。……横河先任が聞いたら情報秘匿が徹底されていないと怒るんじゃあないかな、と水元は思いながら続いている二人のやり取りを見ていた。いや、確かにコンビネーションは良い様な気がする。時計を見る、1152。一応行っといた方が良いかなぁ?水元は残っていた昼食を掻き込んだ。
「すいません、秋沢さん、渡辺さん。僕艦橋に上がります」
「あ、うん。ごめんねぇ」
「頼むぜ、候補生」
 言い合いを続けていた二人が水元の声に同時に答えた。水元は二人に軽めの敬礼を送り、糧食トレイを自動調理器の返却口に押し込むと食堂を後にした。

水元候補生、入ります」
 艦橋には中本航行長と周辺監視要員が二人配置についていた。中本は航法コンソールを叩きながらチラッと水元の顔を見るとくすっと笑った。
水元君、ほっぺた」
 水元があわてて頬に手をやるとそこにはご飯粒がついていた。
「横河先任に見つかったら御小言よ?」
「以後気を付けます」
 水元は面映さを感じながら補助コンソール席についた。画面を見ている内、水元は何か漠然とした不安を感じた。
「航行長、チャートはこれでいいんですか?」
「船長からの指示でね。直接は跳ばないのよ」
 その航法チャートは目標『A』とはかなり離れた所に出るものだった。
「さて、私も聞いた話では……。まだ編成も途中なんだし、何もなければいいんだけれども」
 呟くような中本の声に水元はやはり不安を感じた。
CDCより艦橋、ルナティックドライブ終了後は艦勢制御を一時的にこちらで預かるとの事です。承認いただけますか?」
 春菜の声、中本が答えた。
「承認します。……警戒レベルは上げなくて良いのかしら?」
 数秒の沈黙、春菜の声が響いた。
「全船へ。第一種警戒配備に入ってください」
 やはりどこか抜けているような気がした。時計が1159を示した。
「艦橋より船長、ルナティックドライブ開始は定刻でよろしいですか?」
「中本さん、定刻通りでお願いします」
 バタバタと監視要員が艦橋に入ってくる。それに平行して中本はルナティックドライブの手順を開始した。
「リアクター、出力最大」
 コンソールに視線を落とし、水元が復唱する。
「リアクター、出力最大」
「ルナストーン、放出用意」
 ルナティックドライブには小さなルナストーンを射出し、それに軸線荷電粒子砲を撃ち込む必要がある。
「ルナストーン、放出準備よし」
「艦橋よりCDC、軸線砲発射用意、発射諸元は変更ありません」
CDC、了解。軸線砲準備よし」
 春菜の声、あとは事前に組み込んだプログラムが走らせるだけだ。
「定刻、1200。進路クリア。ルナティックドライブ、始動」
 中本の声。水元が答える。
「プログラム、ラン」
 軽い振動、それは艦首射出口からルナストーンが放出された事を示していた。
「ルナストーン、軌道異常なし。……3、2、1、今」
 眼前が突然真っ暗になる。コンソールには強烈なX線が観測された事を示す警告が出るが、その殆どは船が搭載しているルナストーンが造りだす重力場で船には当たらない。
「軸線砲、発射」
 春菜の声が響く。瞬間、凝集されたプラズマがその漆黒の中心点を貫く。するとその向こうに突然星々の光が現れた。
「仮想重力点、出現」
 中本が呟くや否や、急眼前の光が船首方向に集中した。そしてそれはやがて一つの光点になり、丸い虹色となった。水元はその時自分が移動している事を感じていないがコンソールに示されたX線源の位置が急速にその出力を低下させつつ船の前方から後方へと移動して行く事がわかった。そして最後にはそのX線源が蒸発したかのように消失した。
「観測より艦橋、現在座標測定中……目標座標への到達を確認」
 ルナティックドライブの現実面はそんな感じだった。理論的にはマイクロブラックホールを造り、そこにエネルギーをぶつけ艦載のルナストーンで重力場を造りだしワームホールをこじ開け、向こう側に落ちる。そう言う理屈だと水元は理解していた。
「艦橋よりCDC、ルナティックドライブ終了を宣言。艦勢制御、どうぞ」
CDCより艦橋、了解。観測、全天監視」
「観測よりCDC、……40-20、3光秒。何らかの物体を確認。……データバンクに該当、アンノウンA。……目標、消失しました」
CDCより観測、観測画像をライブラリに登録、監視継続」
「観測、了解」
 ……確か観測室長は宇宙軍から『わかな』ごと出向した叩き上げだと水元は聞かされていた。アンノウンA?消失?何の事だろう?コンソールを叩いて水元はその画像を見ようとしたが、データはロックされていた。