宇宙戦争 #7

 翌朝。
 水元は朝食の為に食堂へと向かった。自動給食器の前に立ち何を食べようかと悩んでいると突然後ろから声をかけられ、その隙に和定食を選ばれた。
「何て事をするんです!大人気ないですよ、渡辺さん」
「おいまて、人に罪をなすりつけるな」
 振り返るとそこには渡辺と秋沢の姿があった。
「ボタンを押したのは秋沢さんですよね?」
「あら、そうだったっけ?」
 程なく自動給食器からアルミ箔でコーティングされたトレイが出て来た。水元はそれを取ると飲み物の自動販売機に移動し背後を取られる前にオレンジジュースのボタンを押した。水元は小さな舌打ちのような音が聞こえたような気がしたが気にしない事にした。
 席に着き、アルミ箔を剥がすとそこには目玉焼きとちりめんじゃこの山椒煮、トレイにはめ込まれたカップにはまた別に蓋がしてあり、そこには味噌汁と書かれていた。その蓋を取ると葱と味噌の香りがたちのぼる。水元は箸でその中を探って見た。どうもシジミ汁らしかった。
たんぱく質が足りなさそうね?」
 そういいながら秋沢は水元の前に、渡辺もその隣へと座った。秋沢は洋風、渡辺は和風と書かれたトレイで、秋沢のメインはスクランブルエッグ、渡辺は鯵の開きだった。
「うげ、俺なめこ汁苦手なんだよ」
「悪事を働いた罰よ」
「だから俺じゃねぇって」
 そう笑いながら秋沢はコーンスープを啜った。
たんぱく質が足りなさそうなのは秋沢さんもじゃないですか」
 水元が笑いながら言うと、秋沢は微笑を返しながら水元に言った。
「うん。これでパンがソーセージロールじゃなかったら悔しがってたでしょうね」
 渡辺が味噌汁を変えてくれと言う。箸入れましたよ?と水元が言うと気にしねーよと言いながら有無もなく水元シジミ汁となめこ汁を交換した。
「そう言えば、何で献立選べないんでしょうね?」
 水元が言うと背後から答えが帰って来た。
「それは航行中の楽しみを増やす為だ。窓の外と言えば銀河雲、毎日眺めるのはコンソールじゃ気が滅入るからな」
 秋沢と渡辺が席を立ち敬礼した。その声の主は横河少佐だった。
「横河さん、昇進おめでとうございます」
 渡辺が言うと横河は苦笑いを浮かべながら水元の隣に座った。
「ここ、いいか?」
「はい、構いません」
 水元は緊張していた。それを見た秋沢は楽しそうに笑った。
「なにがおかしい?秋沢三尉」
「いえ、なにも」
 口ではそう言いながら秋沢の口元はにやけたままだった。横河はそんな秋沢をチラッとみて開けたトレイの中身を見てうなだれた。
「候補生、大根汁は好きか?」

 善通寺亜由美・航路保安局航宙科二等保安正はその朝の食事が美味しいものにはならないだろうと食堂に入った瞬間思った。昨日船長代行になったばかりの『実戦経験者』と『MV』パイロット、そのMVが『乗る』機動艇パイロット、その上次の寄航先である『あまつ』で配備される予定の『高速艇』副操縦士候補でその時には自分の部下になるはずの少尉候補生が一つのテーブルを囲んでいた。その周囲には平穏を装いつつもその会話を一言一句聞き漏らすまいという乗員達が物音一つ立てずに食事を摂っていた。民間から来ていた整備士がスプーンを落とした瞬間彼は先輩に頭をはたかれ逆にその音が食堂に響いていた。
 これは何かたちの悪いコントなんだろうか?善通寺はそう思いながら自動給食器の前に立った。
「で、何が聞きたい?」
 横河はそう言ってなめこ汁を啜った。釈然としないという表情の水元が口を開く。
「昨日の映像で出たアンノウンですが、BとCしかありませんでした」
「それで?」
 横河はたくわんに箸をのばした。そして一切れをつまみ口の中に放り込むと音を立ててそれを噛んだ。『少し塩気が強すぎるな』そう呟いて日本茶を啜った。
「質問は簡潔明瞭に。教育過程ではそう教えられただろう?」
 秋沢と渡辺はその二人のやり取りを無視したまま食事を続けていた。秋沢はカップの底に張り付いた何かをスプーンで取る事に熱心になっていたし、渡辺はシジミをむしるのに集中しているようだった。そしてそれは二人がその会話に関わりたくないという意思表示でもあったが、それを水元は理解できなかったようだった。
「渡辺さん、秋沢さん!お二人はあれを知ってたんですよね?」
 渡辺は殻に残った貝柱を口惜しそうに眺め、ため息を一つついてからそれを鯵の開きの頭の横に置いた。
「そりゃあ、知ってた。俺はMV乗組を命じられた訳だし敵が何かについても全体像ではなかったけれども聞かされてもいた。ただ、宇宙軍があんなに一方的にやられたって映像ははじめて見たがな」
「『機密』だからね。私達みたいなパイロットが今日本連邦全体でどれくらい養成されてるかとか、同じ基地にいる『同僚』の数も教えてもらってなかったし。ともかくま、連邦はじまって以来の危機らしい、って程度には理解してたよ」
 秋沢はオレンジジュースのストローを口にくわえたまま言った。
「そういう意味じゃ、高松さん達の方が詳しいんじゃない?」
 食堂の注目がそれまで部屋の隅でコーヒーを啜っていた高松に注がれた。高松はマグカップを静かに置いた。
「完成しているXMV−1は全部で2機。もちろん生産は続行してるけど何しろ操縦系がアレだからパイロットを選ぶ。実戦配備できる機体は何体か未知数だよ」
「操縦系ってなんですか?」
 水元が渡辺に尋ねた。
「思考制御。ほら」
 渡辺は振り返ってうなじを見せた。そこには何かコネクタの様なものがついていた。
「なんです、それ」
「だから、思考制御用ケーブルのジャックだよ」
 横河が苦々しそうに呟いた。
「それって条約違反じゃ……」
 水元がそう言いかけて絶句した。『人間の尊厳に関する条約』は人体とコンピュータを物理的・間接的に接続する事を禁止した条約だった。これは『高性能AI等を兵器に搭載しない旨の条約』と対をなす『宇宙戦争防止条約』の一つだった。水元はそれを小学校の段階で教えられていた。人間の尊厳、宇宙戦争発生時の大規模被害。汎アジア連盟が月独立戦争時に行った曳航小惑星による月基地への爆撃……隕石落としは結果中国沿岸部を中心に直接・間接的に8億人近い死者を人類に発生させた。その後に発生したAIによる人類への虐殺を考えるとそれは犯してはならない条約のはずだった。水元は自分が今置かれた状況に激しく動揺を覚えた。
「連邦の危機、人類の危機だ。もちろんこの船の存在が人類世界にばれりゃあ袋叩きだろうけどな」
 横河はそう言い残して席を立った。
「候補生、他に何か質問は?」
 横河の問いに水元は何も言わず俯いたままだった。横河は軽くため息を漏らしてトレイを持って立った。
「そう言えば、あの隕石落としの時に小惑星を曳航してた艦の名前ってなんて言いましたっけ?」
 誰かが呟くように言った。
「『わかな』だよ?この船と同じ。先代はアレで日本を中国の支配下から救った訳だけどな。もちろん今でも汎アジアには目の仇にされてるけどな」
 横河はそう答えて食堂を出て行こうとした。そして給食機の前に立つ善通寺に気づくと困ったような顔をして見せた。善通寺は横河が何について困っているのだろう、と思った。