いやまぁ、いいんだけど。

 10/15付の日記にコメントを頂きました。南京大虐殺肯定派の方らしく、内容的にはそういう内容ですが、まぁ、興味のある方はごらんになっていってください。

 中世において、戦争は貴族のものでした。国家を守る、矜持を守る。日本も元寇以前は一騎打ちの習慣が主だったとの事。戦争というものは崇高なものだという立場から、それは民衆には解放されていませんでした。
 近代、国民軍が編成されます。
 大規模戦闘に備え、権力は民衆を動員し始めます。これはすでに、ギリシア文明で繰り返された話ではあるのですが、国民に武器を貸与し、大規模な兵力を生み出す事が可能となりました。日本において、戦国時代の兵制もそんな感じだったそうで、戦闘は主に秋から冬にかけて行なわれたそうです。これは普段米を作っている農民が兵力の主幹となる為で、米作りの終わった秋ぐらいしか戦闘が出来ないという事情があったようです。この状況を変えたのが信長。織田信長常備軍を持っていました。これは信長の支配していた地域の生産力が高かったという事なのでしょう。常備軍は生産しません。生産しない、言ってみればゴクツブシをその他の領民が食わせるだけの力を持っていたといえるでしょう。つまり、だからこそ楽市楽座という経済施策が必要だったのでしょうね。
 一方、ヨーロッパでもナポレオン戦争頃から国民軍が生じてくる。陣形戦を行なうには人数が必要。だからそこを国民で補う訳で、特殊な技能を必要とする騎兵などはやはり貴族出身者やそういった者によって編成されていたようです。
 時代はぐっと近くなりますが、西南戦争。これは専門戦闘集団としての武士と平民より成り立った国民軍の戦争でした。征韓論を唱えた西郷・扱いに不満を持っていた士族勢力と国民を動員して成立した軍の戦い。結局は物量で士族勢力を国民軍がすりつぶしたという結果なのですが、ここで行なわれた兵站は明治政府の維新をかけたものだったのでしょう。この後、日本は日清・日露と危ない橋を渡ります。
 で、現代。司馬史観なんて言葉があるらしいですが、まぁ。日本は第二次世界大戦を戦った。中国に侵攻した時点で負けですし、そもそも、あんなふうに朝鮮を併合したのも間違いだったのでしょう。このあたりは呉善花さんの著作を読んでいただくとして、日本はもう外交的には最初から無策だった様です。そんなこんなは別として、日本は日中戦争、太平洋戦争に突入していく。そのきっかけは結局世界恐慌だったのでしょう。日本人が増えすぎた。日本の国土の積載力ってのは多分6000万人程度ではないでしょうか?そこに1億人程度の人口を抱えてしまった。貿易がうまく行っている内は良いのですが、どこかで一つ、歯車が違ってしまえば日本人は飢えるしかなくなる。勿論、当事政府もそんなこんなを危惧してアメリカやハワイ、南米に移民を送ったりしていたわけですが、翻って中国大陸を見れば広大な荒野がある。荒野があれば、耕して作物を作ろうというのは日本人のようです。他の民族が放置しているような場所でも耕してしまう。だからこそ、満州という土地が魅力的に見えたのでしょう。だから、日本は兵を進めた。最も、それはひとりの高級参謀の思惑だったのでしょうが。なんでまぁ、あそこまで石原莞爾がもてはやされるのか知れない。きっかけを作ったのは彼なのに。あの頃、中国は満州を中国だと思っていたのでしょうか?まぁ、それはそれとして、外交ベタがイギリスの真似などするもんじゃあないんです。しかも中国相手に。
 南京大虐殺は悲劇だったのでしょう。それはベトナム戦争アメリカ軍が村々を焼き払ったのと同じぐらい。アウシュビッツと同じといわれても、残念ながら信頼のできる記録がない。慰安婦についても同じで、国家が立ち上げた物でもなさそうですし。慰安所制度は韓国も持ってましたしね。国民軍が現地の女性を襲ってアメリカ軍のように混血児を大量に残すのとどっちが良かったのか。そもそも、攻め込んだのが悪いんだと言うのは正論。ならば当時の日本人に死に絶えればよかったのに、といってあげてください。ぜひ、おじいちゃんおばあちゃんになぜ生きてるの?といって差し上げてください。自分が今生きている事を呪ってください。少なくとも、私にはそんな事できませんが。結局私は否定も肯定もしないでおこうと思うのです。だって、見にいけるわけではありませんし、残っている資料だって証言だって、当てになるものではないですし。ケプラーでしたでしょうか?神について尋ねられた時に、『私は見えないものには言及しない』と答えたのは。それが理系の正しい姿だと思うんですよ。だから、ここから先はどうして行くかを考えるのが主なのです。さて、では日中平和条約を破棄してから賠償を含めた話をはじめましょうか?日韓基本条約も破棄ですね。どちらも民間人の賠償請求権を破棄してますから。勿論国家に支払った賠償金は返してもらいましょう。それを原資に民間人に賠償しなきゃなりません。さもなくば、金融封鎖して戦後にやったという国民の財産に直接税をかけるってあれをしなきゃだめでしょう。ここまで考えると、気が重い。社会人としては、自分が認めた非に対して責任を負うのは当然な事で、それは国家も同じでしょうし。国家とはつまり国民であって、私たちだ。結局日中戦争ってのもそうやって起きたんだと思うのです。国民は腹をすかせていた。腹を空かせて米暴動。政府は何とかしなければならないと思ったが有効策を打てなかった。軍部の若手将校が腹を立てる。事件。彼らは彼らなりの正義の元動いたわけで、だからこそ、それをつなごうとした者が現れる。石原莞爾の唱えていた五族共栄が実現されていればなんら問題はなかったんだろう。だが、国民にはそんな意識はなかった。自分たちこそアジアの王だと思っていた。そこに誤りがある。そもそも、日本に王者たる素地はないのだ。だから、あの黄土の平原に飲まれてしまったのだろう。

 閑話休題。現代においての戦争はもはやそれまでの戦争とは大きく違っていた。それは、正規兵とゲリラ兵……つまりは民間人の振りをした兵士との戦いだった。八路軍には便衣兵という兵種があった様で、日本軍はこの対策に頭を痛めたようだった。何しろ、それが民間人なのか便衣兵なのかわからない。便衣兵を殺害しても、他者から見ればそれは民間人を殺したようにしか見えないだろう。最も、本人にもわかっていないのかもしれない。
 特に述べるのは、この戦闘はジュネーブ条約における戦争に類しないということだ。ハーグ陸戦規定の中には保護されるべき『兵士』とは武器を公然と所持し、制服もしくは何らかの徽章を身につけた正規兵もしくは準防衛団体に所属する兵士と規定されている。だから、民間人と同じ格好をして兵器を隠し持つ便衣兵ジュネーブ条約の庇護を受けず、そもそも日中両者は日中戦争を国家間の交戦=戦争と位置付けていなかった。
 ベトナム戦争においても同じことが言えるのかもしれない。また、イラク戦争も同じだ。昔、某氏の掲示板で私は、本当の戦争はイラク占領後に起こると発言した。大体、こういうことだ。
 テロとゲリラ、正規兵のよるゲリラ戦。その境目はきっとあいまいな物だ。
 やめろといった所で、誰もやめる事は出来ないのだろう。
 テロリストにしてみれば、民間人を殺すのは自分達の側の民間人が正規兵に殺されたからだと答えるだろう。たとえば、パレスチナ国家に軍隊があればああはならないはずだ。しかし、彼らにはそんな財力も無ければ支援者もいない。だから、イスラエルの戦車に対抗して彼らはバスに乗り自爆するのだろう。その理屈は、理解出来ないものではない。むしろ、共感を覚える。
 赦し合う事。それは大切な事で尊い。だが、赦し合おうにもお互いの傷は深いのだろう。だから、誰かがそこに立たなければいけない。
 ただ、私にはそんな勇気は無い。だから、彼らの無事を祈る程度しかないのだ。


 しかしあれですね。結局何も読めてない人ってのはいるわけで、そんでもその状況は利用しようとする訳で。ねぇ。何を読んだの?何を見たの?そういうことなの?だとしたら、私とあなたは感性が違うわ。だからといって私はあなたを否定はしません。それは、結局また来た道へと戻る事になりますから。あなたはあなたで、そう叫び続けていて構いません。私は、知ったことではありません。
 断っておきますが、私はむしろ右寄りです。左派ではありません。ですが、あの本はぜひ一読をお勧めします。読んで、少し考えて見てください。きっとあの本は、サヨだのウヨだの、そんな事はどうでもいい本です。そもそもが、そういう話だと思うのです。ですから、まぁ、読んでみてください。

 しかし面白くないのはあれやね、右側で勧めてるやつっておらんのかいな。あんなにいい本なのにな。利用されてるってのも、面白くないがね。