漠然とした恐怖(mixiより転載)

なぜ自分がこんな状態になったのだろうと考えてみると、未来に夢が持てないからだと思う。
仕事、社会、国家。様々なものに未来が見出せない。
人に言わせると、私の今勤めている業界は不況知らずの良い業界だそうだ。しかし、その実態は社会にどっしりと負担をかけ、あちらこちらで頭を抱えさせ、毎年毎年国によって値段が切り落とされていくと言う業界である。こんな仕事に未来があるか?

社会。潜在的公務員と言う話がある。たとえば交付金助成金等で食っている業界はどれぐらいあるだろうか?農業・林業・土木建築に銀行、医療に福祉、公共宿泊施設に娯楽施設。某浦安のテーマパークは民営だが、大阪の方は確か第3セクターじみていたはずだ。中堅ゼネコンもバブルでつぶれたのではない。日本道路公団のファミリー企業に潰されたのだ。何も解体すべきは郵政省だけではない。確かに郵便貯金は各種特殊公団の資金源となっていたが、その主張を小泉首相が立ち上げたのは今から何年前の事だろう。たしかあれは『めだかの兄弟』が流行っていた頃だ。そんな記憶がある。

国家。自民や民主に官僚をどうこうする力があるのだろうか?族議員は官僚の擁護団体であり、そもそも民主党代表も通産官僚。副大臣制が立ち上がったとき、これはと思ったがそれは何のことは無い、民間企業の『部長代理補佐』のような物だ。ただ単なるポストに過ぎない。

愛国者と言うのは、リベラリストや知識人の対義語であり、本来の意味を成さない。民族教育を擁護する者は大抵民族意識を持たない。むしろ民族意識など無用の長物であると主張する。ならば、なぜ他民族の民族教育のみを支持するのか?その理論背景が私には理解できない。
その癖、他者の受け入れには否定的だ。何があっても国籍など変えないと頑張る人はどうでも良いが、国連に指定された難民で帰化を希望するという人には国籍なり、永住権なりを与えるべきだ。それが最後の処方箋だ、と言うことぐらいお偉方は理解しているはずなんだけれども、最後の任期の3年間は平穏に……の無限連鎖はこの国を破綻一歩前まで追い詰めている。

銀行が破綻したときには国が支援した。国家が破綻したら、IMFに助けてもらうのだろうか?それとも各国に貸し付けてあった資金を剥ぎに行くのだろうか?後者の場合、某国は大喜びしつつ銃口でそれに答えるだろう。

別にこれらは考えなくても生きていける。いや、むしろ考えない方が気が楽になる。どうせ答えの出ない問題ならば、解こうとするだけ無駄である。そんな労力があるのならばもうちょっとましな事を考えるべきなのであろう。

そんな事はわかっている。しかし一度開けてしまった箱のふたは閉じる事も出来ない。せめてその中に希望が残っていればよかったのだけれども、今の私にはそれが見当たらない。

『先生と呼ばれるほどの野暮じゃなし』なるほど、昔の人は良い事を言う。