宇宙戦争モノ

 敵母艦は4隻。その搭載するゴーレムはおよそ8機。対する『わかば』のMTUは1機のみ。もちろん『わかば』の近接防衛システムは全稼働状態ではあるが、どう考えても不利だった。ここまでだな。高松は思った。そして艦内放送を起動した。
『総員退艦準備。乗員達は速やかに『はるひ』に移乗せよ。MTUはオートモードで『はるひ』の近接護衛に。ルナドライブ発動時には回収。笹倉副長、指揮を取れ』
 ヘッドセットを外す。そして高松は一人発令所へ向かった。艦を敵母艦隊列に向け最大戦速で突入させ、ルナドライバーを暴走させる。艦の質量で形成されるマイクロ・ブラックホールは数秒で蒸発してしまうだろうが、『はるひ』が脱出する為の時間稼ぎぐらいにはなるだろう。もちろん、ゴーレムに潰される前に敵対列に突入できればの話だが。

 発令所についてみると、そこには拳銃を手にした横河が待っていた。いつの間に用意したのだろう?高松には不思議でならなかった。
「司令、申し訳ないのですがこの任務は私にお譲りいただくべきものではないかと考えています」
 下手に説明したのが拙かったか?こいつは馬鹿ではなかろうか。なぜそんなに死に急ぐ。
「物事には順番というものがある。それは君も充分理解しているものと考えていたんだが」
 横河が撃鉄を起こした。オペレーター席には『ハルナ・レプリカ』が座って作業にかかっていた。
「『瑞穂』か?」
「司令も私たちの見分けが付くようになってくださったんですね」
 『瑞穂』の声は明るかった。横河が言った。
「『瑞穂』が『わかな』の全機能を掌握し、最後のキーは私が叩きます」
「君にそんな権限はなかろう?」
 横河はクチビルを微かに歪ませた。笑っているつもりらしい。
「僕はこの艦と共に宇宙軍から移籍してきた人間です。兵装担当として」
 あぁ、つまり宇宙軍はそれなりに保険をかけていたのだな。それなら納得も出来る。
「そして、僕はこの艦を愛しています。瑞穂には悪いとは思っていますが、司令。僕は『すずか』なんて艦に乗りたいとは思っていません。第一非常識です。宇宙戦闘とは荷電粒子砲とミサイルが飛び交うものであると僕は承知しています。残念ですが、僕にとってMTUなどという兵器体系はまったく好みではないのです」
「だから、ここで死ぬと?」
 高松は横河の気持ちがわからないでもなかった。だが、だからと言って横河にこの任務を譲る気持ちもなかった。
「なぁ、お前は俺に2隻も艦を沈めて生きていろっていうのか?」
 横河はやや自嘲気味に笑った。
「そういう点では、私はあなたを尊敬しています。ただ、あの少尉候補生をこれからの宇宙軍士官に仕立てるには私よりあなたのほうが適任だと思うんです。私は確かにあなたより若くはありますが、だからと言ってあなたほど現実に柔軟に耐えることは出来ないんです」
 高松は肩を落とした。
「悪かったな」 
「はい、司令。そうでもありません」
 高松は苦笑いを浮かべ、そして横河に敬礼を送って見せた。横河は当惑気味に言った。
二階級特進でも私は二佐です。そういうのは勘弁してください」
 もう笑うしかなかった。
「重ね重ね悪かったな。そういえば、お前、家族は?」
「妹が居たはずです。今はどこに居るのかも知りません。後はこいつぐらいですか」
 そういってた横側は『瑞穂』の背中を見つめた。不意に館内放送がかかる。
「『はるひ』発進準備よし。残存乗員は速やかに集合してください」
 笹倉の声だった。
「行ってください、司令。あと、あの坊やと姫様を頼みます」
「了解した」
 横河はそっけない敬礼を高松に送り、返礼も待たずにメインモニターへと視線を移した。

「高松司令?」
 笹倉は驚いていた。
「いや、遅くなってすまない。出してくれ」
 高松はそれ以上何も言わなかった。
「了解」
 無人のMTUを乗せた高速試験艇『はるひ』は乗員20名と2機の『ハルナ・レプリカ』を乗せ『わかな』を後にした。既にソラの空間跳躍詠唱が始まっていた。これは心中だな。高松は8機のゴーレムにまとわり付かれながら一直線敵母艦に向け加速していく『わかな』をモニターで見送りながら思った。