宇宙戦争 #7

「ちょっと大人気なくない?」
 土屋は艦長室に横河を呼び出した。
「衆人環視の中、候補生に恥をかかせた事ですか?」
 横河は土屋の指し示したソファに腰掛けながら答えた。土屋は執務机のコンソールで何か見ていた。視線はディスプレイに注がれていた。
「そんな事じゃないよ」
 土屋はそう言って眉間を軽く揉んだ。そして横河に向き直ると一呼吸おいて言った。
「答えられない質問を受けて怒る事が、だよ」
 横河は一瞬呆然とした表情を浮かべ、そしてまた無表情へと戻った。土屋はそれが横河の怒りの表情である事を知っていた。
「軍隊が長いと人間が歪むか?」
「何を仰りたいか良くわかりませんが」
 横河は無表情のままだった。土屋は微笑を浮かべた。
「なんというか、ほら。人間図星をさされると腹が立つ。そんなところだった訳だろう?」
 横河は何も答えなかった。
「しかし君は知っている。何事も看過される場合がある。ただ、それを決めるのは私達のような軍人ではない。政治だ。ただ政治というものが決断を下すには時間がかかるし犠牲も必要になる。そしてで君はそのせいで様々なものを失った」
「何が仰いたいのか無学な小官にはまったく想像が及ぶ所ではありませんが。ご用は何ですか?司令。もしお済でしたら小官は昨日拝命した職務に精勤したく思うのですが」
 横河の言葉に土屋は声をあげて笑った。横河は無表情だった。
「すまんな、船長代理。それでは用件の話をしよう。今日から本船は1ヶ月をかけて通常航行であきつを目指す訳だがその間にあの水元候補生を使えるようにして欲しい。船内のすべての配置を廻らせて一通りの仕事を見せろ。具体的計画は君に任せる」
 横河は目を瞑った。
「一ヶ月で、ですか?」
「ああ、一ヶ月だ」
 土屋は事も無げに言った。
「出来なければあきつで降ろす。最も、その後彼がどういう配置につかされるかは知らんが」
「なんと言って良いか……」
 通常、候補生は1年をかけて養成されるとされていた。練習艦勤務で半年、それからの配属先で半年。もちろんそれはその兵種一つを学ぶのに必要とされる期間であり、戦闘艦にある全ての配置を習得するのには10年をかける。
「何も艦長職をやれるようにしろという訳じゃないさ。とりあえず、だ。とりあえず高速艇長として必要な技術を習得させる。そのレベルで良い」
「高速艇は月独立戦争以降廃止された装備です。それに必要な技術とは何を指しますか?」
 月独立戦争は200年以上も昔の戦争だった。軌道戦闘であれば有効かも知れないが、恒星間戦争時代では無用の装備とされていた。廃止されて150年、運用ノウハウは既に失われていた。
「さぁな。それも考えて欲しい。とりあえずの艇長は善通寺さんだから、航宙技術はいらないね」
「なら、機関科と観測科、あとは砲雷科と言う事ですか?」
「あぁ。『はるひ』は融合炉と重力制御を積むからな。航行科の仕事は姫さんがやってくださるからそれでいいよ」
「了解しました」
 そう言い、席を立った横河に土屋は付け加えた。
「それから、MVの戦闘訓練も合わせて行っていくから。スケジュール組み終わったら後でそっちに廻しておくよ……見つかってるからな。いつでも使えるようにしておきたい」
「わかりました」
 MVは当面司令と善通寺二等保安正が面倒を見てくれるはずだ。とりあえず俺は候補生を何とかしてやらにゃならんって事だよな。横河は土屋に儀礼的な敬礼を送りながら頭の中で訓練計画を練り初めていた。土屋もいい加減な答礼を返してコンソールへと向かった。