宇宙戦争 #9

「で、どう思う?」
 横河はCDCの艦長コンソールから会議出席者達に呼びかけた。ディスプレイには観測長と機関長、オブザーバーとして参加している航行長と航宙長の顔が表示されていた。彼らの表情は一様に曇っていた。
「一ヶ月で観測に機関、砲雷までやるってのはやっぱりどう考えても無理ですよ」
 機関長の中川が言った。中川は横河の2期下で出席者達全員の意見を代弁していた。横河は苦々しい表情を浮かべた。
「無理なのはわかってるよ。でもな、機関長。もし候補生がそれなりにならなければ司令は船から降ろすって言ってるんだ」
 『わかな』はその存在自体が現在軍、いや連邦の最高機密だった。それに触れた者の行く末は考えたくもない。それは出席者一同が共通認識として持ってはいた。
「充分な知識なんて詰め込む事は出来んさ。ただな、まぁ、まずアレが生き残れるようにしてやれさえすればいいんだ」
「それは来るべき『戦闘』において、ですか?」
 観測長が言った。観測長は出席者の中で一番の年長者であったが階級的には一番下だった。その肩には准尉章が輝いていた。
「一之瀬准尉の仰る通りです。とりあえず、候補生が少尉にならなくとも、アレの襲来を受けて迎撃に出されて、それで生き延びる事が出来る程度。とりあえずはそれが目標です」
 観測長が唸った。
「そりゃ難問だぜ」
「まったくです」
 横河が同意のため息を漏らした。彼らは共に先の会戦の生き残りだった。
「とりあえず俺の仕事は『気を抜かず回りに注意を配らせる』習慣を付けさせる事で良いな?」
「えぇ、それでいいと思います。実際敵の来襲は姫さんが察知してくれるでしょうから。気を抜かせない事、それだけで良いんではないかと」
「機関科としてはやっぱりダメコン重視でいいんですか?」
 中川が横河に尋ねる。
「そうだなぁ。うーん……高速艇は重力制御も搭載するからそのあたりの基礎も欲しい。融合炉の知識は別に良いだろう?」
「私らも出航してしまえば触れないですしね」
 横河は中川のあっけらかんとした態度に苦笑いを浮かべた。
「どうだろう?航行長。奴はスパルタに耐えれるかね?」
 それまでやや傍観者気味に話を聞いていた中本が一瞬考え込んだような表情を浮かべた。
「なんともつかみ所がないといった方が正直だと思います。耐えられるかといわれれば、こなせちゃうんじゃないかとは思いますとしか答えられません」
「よっぽど変わりもんなんだろうなぁ」
「あの司令のお気に入りですからね」
 横河のぼやきに中川が笑いながら相槌を打った。
「航宙長、とりあえずはあなたが艇長任務につく訳ですが、部下にはどんな能力が欲しいですか?」
「そういえば高速艇って武装してるんでしたっけ?」
「そうですね。主装備は新兵器ですから訓練しようもないですが、自衛火器として76mm速射砲を2門搭載すると聞いてますから、そこは叩きこんでおきますよ」
「それならそれで横河船長代理にお任せします。『周囲警戒』は航宙科の必須項目ですし、一応測天もやりますから、イロハのロまでで大丈夫じゃないかと思います」
「航宙長、そのロまでが大変ですよ?」
 善通寺に一之瀬が言った。
「それは准尉さんのお仕込みに期待しちゃってますから」
 そういう善通寺に一之瀬はまんざらでもない表情を浮かべた。横河はとりあえずこんな所かと思った。
「では、まず観測に1週間、機関に1週間。砲雷で2週間貰っていいですか?」
 横河の提案に一同は賛同の意を表した。横河はそれを確認するとため息混じりに笑みを浮かべてこう言った。
「どちらにしても、候補生には訓練校で習った事が役に立たない事を覚えてもらいましょう。で、あとは彼の能力に期待します。それでは詳細は各部にお任せしますので、徹底的にしごいてやってくださいな」
 一之瀬が笑い、中川は苦笑を浮かべた。中本は素直に水元に同情している様に見えたし、善通寺はやや途方に暮れているようにも見えた。
 コンソールのネットワーク会議修了のシンボルを叩き、横河は背もたれに体を預けて春菜に尋ねた。
「あいつ、見てたか?」
「はい。艦内会議システムにアクセスしていました」
 少し呆れたような春菜の声に横河は笑みを漏らした。一ヶ月、春菜には感情が芽生えかけているようだった。ならば水元にも目がない訳ではないだろう。出来ればいい芽がでりゃいいな、横河は自分でも驚くほど素直にそう思っていた。