青年と老人

 青年は自分のことを天才だと思っていた。老人は自分のことを凡人だと思っていた。

 老人の研究室。訪れた青年は老人を前に呟いた。
「世の中は私を認めてくれません」
 老人は微笑を浮かべて答えた。
「大抵は、そういうものです」
 テレビが毒ガステロを報じていた。コメンテーターが犯人像を語った。狂信者。彼はそう言った。青年はため息をついた。
「あのガスは従来のものとはまったく異なるものです。それを彼らは考慮していない」
「あぁ、警察もサンプルを取れなかったそうだね」
 老人は青年に自ら煎れた茶を出した。青年は軽く頭を下げた。
「そういう風に作りました」
「そうですか」
 老人は一口茶を飲んだ。窓からは青空が見えた。秋雨前線はもう遠くに過ぎ去っていた。秋には似つかわしくない青空。老人はそう思っていた。
「わからんように造ったんであれば、じゃあ、誰も気づかなくても仕方ないでしょう」
「しかしなぜ、その新規性に誰も目を向けないのです?」
 青年は膝の拳をさらに握り締めた。老人は茶を勧めた。
「まぁ、知らない事は解からないものです。人間は大抵、知っている事から考えますから」
「知らないものを知らないと知ってはいないということなのですか!!」
 青年は声を荒げた。老人は笑った。
「そんな事、紀元前から知られていることです」
 青年は一瞬惚け、そしてぬるくなりかけの茶を一気に飲んだ。
「ただ、私には理解できない事があるのですが」
 青年は不思議そうな顔をした。
「なぜって、実験ですよ?」
 老人はうなずいた。
「あぁ、だからなぜ?」
「動物も人も、命は同じでしょう?動物実験が許されて、なぜ人体実験が許されないのです?」
 老人は茶を啜った。
「あぁ、そうですね。その点については私も君の意見に賛同せざるを得ないですね」
 青年は茶を啜った。そして苦悶し始めた。老人は言葉を続けた。
「だからなぜ、君は自らの命をそれと等価であると思い浮かばなかったのか?人の命を実験に供しながら、なぜ自分の命をそれに使わなかったのか?私にはそれが理解出来ないのですよ」
 青年はすでに息絶えていた。
 老人は、残っていた茶を飲み干した。