誰もいない街 〜青い光の中で〜

 
 誰もいない街を、僕は歩いていた。
 戦争は終わった。正確には戦争をするべき人間がいなくなってしまった。某国が使用した細菌兵器は人間はおろかほとんどの動物をただの液体へと変えてしまった。学徒動員だった小隊長が死に際に言っていた。細胞間接着分子がどうこう、と。高校すら満足に行けなかった僕にはそれが何なのか良くわからなかったが、とにかくそれは目に見える動物のほとんどをこの地球上から消し去ってしまった。
 そんな世界で僕はなぜか生き残ってしまった。理由はわからない。だけど、僕が今生きていると言う事は他の誰かも生きているかも知れない。僕はその誰かを求めて街々を回った。
 食べ物には別段困らなかった。細菌兵器はどうやら植物やには無効で、畑には放置され育ち放題になった作物があった。肉が食べたければスーパーで缶詰を探した。太陽発電装置が生きているスーパーでは冷凍肉も手に入った。そんな時は豪華な夕食を摂った。ワインをあけ、ぶ厚いステーキを齧る。だが、それらはやはり味気ないものだった。
 独り、眠りにつく時思い出すのは高校の頃のクラスメートの事だった。まだ平和だった頃の思い出。些細な事でけんかをし、ちょっとしたことで笑いあった。それが、今はもう無い。
 ビルに入る。物音に、胸が高鳴る。人だ!いや、動物なら何だっていい!僕は走った。だがそれは警備ロボットだった。ロボットは合成音で何か警告してきた。せめてまともなAIでも積んでくれていればよかったのに。僕は肩から提げていた短機関銃でそれを破壊した。
 いくつめの街だろう?もう、覚えてすらいなかった。僕はもう疲れていた。本当に、人間などいるのだろうか?僕以外に生き残っている人などいるのだろうか?そんな事を思っていた。すべてが徒労に思えた。でも、僕は歩いていた。いつもこれを最期にしようとも思った。でも、なぜか誰かが待っているんじゃないか?僕と同じ気持ちで誰かが待っていてくれるんじゃないか?という希望がふっと胸に湧いた。でも、今度ばかりはそんな希望も湧きそうにも無かった。あまりにも、疲れていた。独りでいることに、疲れていた。
 ふと街角を曲がった時、ハミングが聞こえた。……またどうせ機械だろうさ、期待するだけ馬鹿だ。心の中で僕が言う。いや、今度こそ人間だ!誰かがいるんだ!間違いない!心の中で僕が言う。二つの思いが入り混じる。僕はハミングのする方へと歩を進めた。
 そこは、喫茶店だった。
「誰かいますか!いるんだったら返事をしてください!!」
 僕は叫んだ。返答は無かった。ハミングは続いていた。
「誰もいないんですか!入りますよ!!」
 ドアを開けると金属のベルがカラコロとなった。そこはありふれた喫茶店だった。深みのある茶色のカウンター、棚に整然と並ぶコーヒーカップ。サイフォンだったか?コーヒーを入れる道具がカウンターの向こうのピカピカに磨かれた流し台の上に置かれていた。人の気配は、無かった。だが、ハミングは聞こえていた。何処からだろう?周囲を見渡す。それはホログラフィー映写機だった。
 ホログラフィー映写機の中で少女は、ひざを抱えて歌っていた。青い光の中で。

                                   おわり

  • 古い付き合いの方はご存知かと思いますが、これは私が高校の頃書いたショートショートのリメイクです。高校時代に書いた奴は今はPC386GEの中に眠っています。大学時代に書き直した奴はきっとどっかネットの海の中にあるのでしょうが、ちょっと変えてみました。と、言うわけでリメイクです。