宇宙戦争モノ

 日本連邦宇宙軍・高松一佐はその日、日本連邦の名目上の首都・日本州へと来ていた。高松が地球へ来たのはこれが2回目だった。一度目は宇宙軍の初任訓練航行の時だったからその時は軌道上から日本列島を眺めただけだった。もっとも、当時の高松は日本列島よりも隣接する中国大陸にあった巨大湖の方に興味があったのだが。
 日本列島に足を踏み入れるのも初めてであれば森の中に入るのも初めてだった。高松の生まれた星はまだ森などは生育していなかったし、明治期に流行ったと言う洋館という建築様式の建物を見るのも初めてだった。こういった建物は地震が多いと言うこの日本列島には不向きじゃないか?高松は思った。
 呼び鈴を鳴らし、しばし待つ。すると一人の老人が中から出て来た。
「宇宙軍の高松と申します。早川先生でいらっしゃいますか?」
「こんな田舎の研究所に何の御用ですかな?」
 早川と呼ばれた老人は、怪訝そうな顔でそう言った。

 内装は概観よりはるかに近代的な設備が整えられていた。『工業技術院・つくば遺失技術研究所』は現在では失われたさまざまな技術の内でも20世紀から22世紀までの間に開発され、現代では失われた技術の再現を研究する施設だった。が、それは表向きの話であり、実際はここでは何も行われてはいなかった。なぜならば、それを研究する事は条約で禁じられていたからだった。数人の研究員と早川所長。その周囲20kmには日本州軍の警備隊が常に警戒に当たっていた。その技術とはAIだった。

 高松が通された応接間は打って変わって概観に相応しいつくりだった。進められるままにソファに座り、メイド服を着た女性職員が運んできてくれたお茶を飲む。女性職員がメイド服を?高松は何か違和感を覚えた。
「お話は、伝わっていると思うのですが」
 高松は開口一番切り出した。早川は笑った。
「まぁ、確かにお聞きはしております」
 早川は高松にクッキーを勧めた。高松は甘いものはあまり好みではなかったが、そのうちの一つをつまんで口に運んだ。アーモンドが粒のまま乗せられたそれは思っていたほど甘くも無く、お茶にもあっていた。
「美味しいですね」
「お愛想ならお聞きしませんよ?」
「素直に申し上げたつもりですが?」
「なら、彼女をほめてやってください」
 早川は、部屋の隅で待機していた女性職員に『美味しいですよ、このクッキー』というと、彼女は頬を赤らめ『ありがとうございます』と答えた。そして、高松はあることを思い出した。ここには女性職員などいないはずだった。ならば、彼女はなんなのか?
「早川先生のお孫さんですか?」
 高松の言葉に早川は大声で笑った。女性職員もクスっと笑った。
「ここには、なにが保管されているかご存知でしたよね?」
 早川が尋ねた。高松は不意を突かれたような気分だった。
「では、彼女が?」
「厳密に言うと、レプリカです」
 早川は小声で言った。
「国際条約は高機能AI搭載アンドロイドの開発を禁じていたのではなかったですか?」
「ですから、私はレプリカだと申し上げたはずです。あなたがここへ来られたのもレプリカの作成依頼だったでしょう?」
「はい、ですが……」
 高松はまさかそれが『在る』とは知らされていなかった。
「ご覧の通り、彼女はAIなどではありません。いうなれば、人工人格。あなたは彼女を見て人間だと思った。そして、彼女が人間ではないと知った上で彼女の事を『彼女』と言った。合格です、高松一佐。レプリカ3体と研究員の派遣。応じさせていただきましょう」
 早川は笑った。ここは人類が機械との戦いで絶滅に瀕したとき人類側について戦った数少ないアンドロイド『はるか』を保存する研究所だった。
「しかし、また私たちは彼女らを戦わせなければならないのでしょうかね?」
 早川は、孫娘を見るような目で彼女を見た。
「申し訳ありません」
 高松は、素直に頭を下げた。