魚雷艇13号

「どうしましょうね?」
「さぁな」
 艇長は呆ける操舵手に捨て鉢に答えた。有史以来、初めてではなかったろうか?人類が一つになった事など。その結果がコレか。艇長は苦笑いを浮かべた。
「艇の名前がいけなかったんじゃないですかね?」
 通信手が言った。冗談を言うならもうちょっとましな冗談があるだろうに。艇長はそう思ったが、どうも操舵手には別の意見があるようだった。
「確かに、呪われてるっちゃあ呪われてますやね」
 大体、大慌てだったんだ。ろくな作戦なんぞも立てず、人類は今投入できる総てを投じた。そして、それは人類の総てを救う為だった。
魚雷艇って名前もへんですよ」
 それまで黙っていた魚雷手が口を開いた。
「大体、積んでるのは水爆です。しかもたった4発」
「それを言ったら有人兵器である必要も無かっただろう?」
「こいつの軌道が一定ならそれで良かったんでしょうけれども」
 理由はわからなかった。だが、それが現実だった。目前には巨大な小惑星。この小惑星は非常識にも時折軌道を変えながらヨタヨタと地球に迫りつつあった。衝突確率は不明。そもそもコレは小惑星か?異星人の地球殲滅兵器ではないのか?艇長は最初『殲滅』などという言葉に思わず吹き出した。だが、度重なる無人調査機の故障……小惑星に探査機がある距離近づいた所で通信を絶ったという事実に何かの意図を感じずにはいられなかった。
「相手が護衛をつけている、可能性もあった訳だし」
 来て見ると、それは単なる強磁場だった。正確には凶磁場といった方が正しい。地球連合艦隊は小惑星に近づくにつれて通信を遮断され統制を乱していった。
「いや、オーロラが綺麗ですよね」
「あれが僚艦の推進剤でなければ酒でも飲みたいぐらいだけどな」
 有人探査船を出すより一気に艦隊を差し向けよう、それは人類の総意だった。兵力を小出しにしていてはいざという時どうしようもない。艇長は思った。敵を知り己を知れば百戦危うからず。確かあの提案国の中には彼の国もあったような気がする。あの国は総てを忘れてしまったのだろうか?
「それを言うなら俺たちもか」
 艇長はそうつぶやいた。我が国は確か自衛権すら持っているのか危うい国だったはずだ。非核三原則だってある。それが何で世界中の国々と徒党を組んでこんな所に来てしまったのだろう。
「で、どうします?艇長」
 確か艇には日の丸が描かれていたはずだった。
「まぁ、あれだ。俺たちも磁場につかまっちまったし、脱出するにも推力が無い」
 艇の主機はイオンロケットだった。
「俺は仏教徒だったんだがな。13なんて数字にはそれほど固執はしていなかった」
「最も他の国の船も皆捕まっちゃってますが」
 小惑星表面でまた爆発が起こった。
「そうだな」
 艇長は思った。うまい話にゃ裏があるもんだな、と。
「そういやお前らどうして宙自に志願したんだ?」
「そりゃあ、非常時ですから」
 操舵手が答えに通信手はつまらなそうに言った。
「他に仕事が無かったからです」
 艇長は苦笑いを浮かべた。そして魚雷手を見た。
「ただ単に宇宙に出てみたかった、のが僕の理由です」
「実はな、俺もなんだよ」
 そして、二人はにやけた。
「まぁ、あれだ。こうなったら仕方が無いわな。ご先祖さんの真似事でもしようか?」
「信管が死んでなきゃいいんですが」
 魚雷手が言った。
「どの道それ以外手も無いでしょうし」
 通信手が答えた。
「せめて一太刀、浴びせられるでしょうか?」
「無理だろうな」
 艇長の答えに操舵手は露骨にげんなりして見せた。
「ほれ、トカマク型核融合炉搭載艦が衝突してもオーロラになる程度なんだ。たった4発でなんの役に立つか?」
「それを言っちゃあお終いでしょう」
「せめてあっちがお終いにならなきゃいいがな。俺達ゃどう贔屓目に見てもあれだし」
 操舵手がスロットルを入れた。艇はイオンロケットの推力であるていどのベクトルを保てた。通信手は与えられた電力で周囲に突撃信号を撒き散らし、魚雷手は水爆の起爆シークエンスのチェックリストをめくった。
「さぁ、俺はやる事が無いな」
 艇長は、微笑を浮かべてシートに深々と腰掛けなおした。
「なんでしたら、周囲の監視をお願いしますよ」
 魚雷手がリストに目を落としたまま言った。
「まだ何かいないと決まった訳でもありませんし」
「そうだね」
 艇長はそういうとペリスコープに目をやった。周囲には日の丸をつけた艦艇が終結していた。あぁ、そうか。俺達はそういう民族なのか。艇長は思わず吹き出した。