感覚多種多様

(掌編)水緒のいる部屋 

「んあー」
「どしたの?」
 水緒が意味不明な声をあげた。僕はPC、水緒はコタツに半分埋まりながら本を読んでいた。水緒をみると、読んでいた本を放り出して顔をコタツ布団に押し付けていた。
「ただでさえ低い鼻がさらに低くなるぞ。それに布団の洗濯も厄介だ。それが敷布団ならばなおだ」
「鼻が低くて悪かったね。あと、言うに事かいて人を脂性みたいに言うな。あんたとはちゃうんだから」
 顔を伏せたままの水緒の声はくぐって聞こえた。
「言うに事かいてなんていい回しよく覚えたもんだな。出会った頃とは大違いだ」
「そりゃあね、こんな本しかない部屋に半年もいれば色々覚えるよ」
 水緒はそう言いながらのっそりとした動作でコタツから這い出した。そして鴨居にかけてあったパーカーを羽織ると『ちょっと散歩してくる』と言って部屋を出ていった。
 つくづく変わった奴だ。東尋坊で出合ってから半年間、水緒は何も言わずにここにいる。飯も食えばトイレも使うし毎日風呂にも入るから多分幽霊の類ではないのだろう。ならなんなんだろうか?普通、行きずりの男の部屋に半年間も入り浸っている女、しかも思春期が終わったのかどうかもあやしい年齢の『女の子』というのはこの世にほいほい存在するのだろうか?……だとしたら、まぁ、僕は女性というものについての考え方を随分と修正しなければいけない様な気もするのだけれども、幸い自分の周囲にはそういう事例は水緒を除いて見聞きした事がないから、多分自分の価値観は正しいのだと思う。
 散歩から帰って来た水緒にその話をしたら、半年間も何もしないで部屋においておく男というのも珍しいんじゃないかと殴られた。僕はその不条理になんとなく腹が立ったので、夕食は水緒の苦手なクラゲの中華風和えをボール一杯出してみた。案の定水緒はそれに箸をつけなかったのだけれども、結果僕が一人でかたづけなければならなくなったのでそれ以外のものを食べる事が出来なかった。今日のメインは肉団子の甘酢あんかけだったのだけれども、それがうっかり好物だったらしく水緒は始終嬉しそうにしていた。まったく僕は何をしているのだろう。自分の掘った穴にはまって自分も好物であるものを食べ損ねた。しかも相手はそれを見抜いていた様だ。食後、PCに向かいながら無駄にはちきれそうになった胃袋にいらついたのは何も水母だけのせいではなかったのだろう。
「そう言えばお前、今何読んでんだ?」
「んー、涼……消失」
「そうか。まだそれ俺読んでねーからなんも言うなよ?」
 そういうと、水緒は含みのある笑いを浮かべた。次の日、PCのデスクトップ上にあった知らない.txtを開いたらそれが小説のあらすじだった。朝もはよから何をしているのかと思ったらこんな事かよ!ちょっと呆れてしまった。……料理覚えません?水緒さん。